テキストとは何か

授業

 予備校の講師をしていたとき、私にはD先生という数学の師匠がいて、数学のことはもちろん、TEX(数式組版ソフト)の扱いや、テキスト作りの考え方など、たくさんのことを教えてもらいました。

 予備校の数学講師なら誰でも一定以上の数学の力を持っていると言えますが、その中でもD先生の実力は別格でした。

 それを初めて目撃したのは、京大の解答速報を作るために集まったときでした。集まった6人は、広い講師室の中で思い思いの席に着きましたが、何気なくD先生の隣に座った私は、彼の問題を解くスピードがあまりに速いことに驚き、背中に冷たいものが流れるのを感じました。文理合わせて11問、共通問題が1問あったので、実質的には10問ですが、それをたったの1時間で模範解答にまで仕上げてしまったのです。理系は6問を150分、文系は5問を120分、合計4時間半で解くことを想定して出題されたセットを1時間で処理してしまったということです。

 もう30年も前の出来事ですが、そのときの情景は鮮明によみがえってきます。

 問題文を読み終わった瞬間に鉛筆がカンカンカンと走り出し、そして遂に、彼が考え込んでいる姿を見ることはありませんでした。

 こんな人がいるんだ!

 今回はD先生から習ったテキスト作りの考え方を共有したいと思います。

 最初に考えるべきことは、全体を1つのストーリーとして語るならば、どんな順番でどこを強調して話すだろうかということです。

 これが整理されたら、目次を作ります。目次が作れることが数学講師であることの必要条件です。

 次に説明のための材料として問題を選びます。適切な問題が見つからなかったら、自分で作ります。ここで重要なのは選ぶ問題は説明のための材料なので、難しいものは不適です。

 こうして一旦テキストが出来上がると、実際の授業で使ってみます。そうすると、問題の難易度や説明にかかる時間などについて調整しなければならない部分が出てくるので、それらを授業ごとに修正していきます。

 結局、「いいテキスト」が完成するまでには数年の歳月が必要になるのです。

 少し振り返ると、D先生が我々の予備校のリーダーになる前のテキストには、数学オリンピックの問題が並んでいたりしてやたらと難しかったのですが、そういうテキストでは授業もしにくいし、なかなか生徒の力を伸ばすことができません。それに対してD先生が作ったテキストの問題は、むしろ易しいものが多かったのですが、それを題材としての説明がしやすく、D先生のテキストに対する考え方の正しさを証明していると感じました。

 関連事項として、教材選びの考え方が間違っていると思われる通信添削大手もあります。

 難しい問題をぶつけ、「どうだ、君たちはまだまだだろう!」と上から目線でリードするのを得意としているところです。生徒の数学の基礎を作り、そこから築き上げていくようにデザインされているとは思えません。

 当然のことながら、私の塾のテキストは「いいテキスト」を目指して作りました。何年もかけて練り上げられたものだということです。

 このテキストを土台に、解説を加えて作られた参考書が「最短でマスターする数学」です。そういう意味で、この参考書は解説付きテキストだと言うことができ、説明のために問題を選んでいるところが特徴です。ですから、流れるように読めて、数学の骨組みがどんどんと出来上がっていくのです。

 もう少し、一般の参考書との違いを分かりやすくするためにチャートやフォーカスゴールドと比較してみましょう。これら2冊はよく似た考え方で編集されており、できるだけ多くのパターンを網羅することを目標に問題を集め、それを解説しています。

 つまり、チャートやフォーカスゴールドは問題が先で解説が後です。

 こういうタイプの参考書はテキストではなく、辞書のようなものだと言うことができます。すなわち、数学の骨組みが出来上がった後、もっといろんなパターンを知りたいときに有効になるということで、骨組みを作る段階での使用には適していないということです。

 学び始めの段階で情報を盛り込み過ぎると、何がポイントかが分からなくなり、理解の流れも悪くなります。

 同じことで、一通りを学ぶ過程において演習をし過ぎるのも疑問です。そうすること自体が非効率的であるだけでなく、高校課程を修了するタイミングを遅くする原因にもなっています。

 総合的な演習は、全体を一通り学び終えた後にする方が効果的であり、そのためにも進度を速めた方がよいのです。

タイトルとURLをコピーしました