快・不快、損・得、善・悪

哲学

 シルバーウィークの1週間の休暇が明けました。

 私自身はテニスに釣り、それからピアノの練習と趣味三昧でした。

 みなさんはいかがお過ごしだったでしょうか?

 さて、今回は受験の肯定的側面について書こうと思います。

 人が行動するか否かの判断基準として「快・不快」「損・得」「善・悪」があり、ケースバイケースでこの3つを使い分けていると思います。

 しかし、これが前者2つに偏るとあまりいい傾向とは言えません。

 つまり、「快・不快」を優先しやすい人は、何となく頼りなく見え、こういう人には安心して仕事を任せることができません。

 「損・得」を優先しやすい人は計算高いイメージになり、こういう人には心を許すことができません。

 要するに「快・不快」や「損・得」を優先させる人は幸せになりにくいということです。

 ところで、「快・不快」は主に状態に対しての判断基準で、「損・得」と「善・悪」は主に目的が得られるかどうかの判断基準です。

 では、「損・得」と「善・悪」の違いは何か? 

 「善」は結果的には「得」につながることが多いですが、狭い範囲で考えたり、短期的に見る場合は「損」になることもあります。自分の損得以上に他者を大切にしたり、全体の利益を優先することや長期的視野に立っているものを「善」と呼ぶのだと思います。

 だとすると、受験はより良い人間になるためのいいトレーニングになっているように見えます。

 弱い自分を律し、長期的計画を実行することが要求されるからです。

 個人的経験からしても、受験を通して多くのことを得たと感じています。

 また、受かることのみを目標にすると、学校の勉強や行事を煩わしく感じることがありますが、それは損得勘定に走り過ぎていて、バランスを欠いています。

 あからさまに、学校の勉強は不要だと明言している大手塾もありますが、そういう考え方には賛同できないということです。

 結局、「快・不快」や「損・得」に流れそうなところをぐっとこらえて「善・悪」を基準に頑張ることに意義があると思うのです。

 実際、受験勉強は決して快いものではないし、目に見える得につながるかどうかも全く不明です。

 それでも、やってよかったと思える日がきっとやってきます。

 頑張ってほしいです!

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