ネットフリックスで「風のマジム」を観ました。
すごくよかったです。
マジムとは、沖縄弁で真心という意味で、主人公の名前でもあります。
実話をもとにした物語で、沖縄のサトウキビを使ったラム酒を造る事業を始めるためにマジムが奮闘するお話です。
さまざまな困難を乗り越えていく主人公の姿も爽快ですが、郷里を想う心にも心が打たれます。
稲荷塾の通信講座は地方からでも京大・東大を狙えるシステムを売りにしていますが、地方の優秀な高校生が京大や東大に進学するのが本当に良いことなのかどうかとなると、難しいところがあります。
もちろん、優秀な子にとって京大や東大は刺激的な場です。そこでの出会いによって、どのような可能性が開花するのかを考えると、多少の無理をしてでも挑戦してほしいと思います。
しかし一方、京大や東大に進学すると、そういう子はかなり高い確率で地方には帰って来ません。要するに、地方から見れば、優秀な人材が都会に流出してしまうのです。
優秀な子にこそ、地方に残ってほしい、あるいは外に出たとしても戻って来てほしいと願うのが地方の人たちの本音だと思います。もし、地方に魅力的な産業がなかったら、それを作る側になって、地方の活性化に貢献してほしいと願うのです。
実は、京大を出た子の多くも東京での就職を目指します。
確かに、若い子にとって東京での生活は魅力的であり、職種も豊富にあるので、就職するなら東京でと考えたとしても不思議ではありません。
そういう意味で、京都も「地方」なのです。
私は、この東京一極集中型には問題があると感じています。
これまでに何度か、文科省から出てくる教育課程改訂案がひどすぎることについて書いてきました。(高校課程の改訂について:7月27日投稿)教育改革案もひどいものです。中でも「生徒主導型授業」は最悪です。
なぜこのような間抜けなことが続いているのでしょうか。
文科省の人たちが無能だからでしょうか。
彼らが日本の教育を良くすることを考えていないのは事実ですが、それは仕方がない面もあるのです。
解のない方程式を解こうとするようなものだからです。
地方と東京では抱える課題がまるで違うのに、これをひっくるめて1つの改革案を出そうとすること自体に無理があるのです。
どうあるべきか、どうすべきかを地方が地方の尺度で考え、対応策を地方が決定し、それを地方が実行するようにしないとダメです。そうすれば、みんなは真剣に考えるようになり、意味のある改革がなされていくと思います。
それなのに、教育について地方には何の決定権もありません。中央が出した方針に従うことしか選択肢がないのです。たとえそれが「生徒主導型授業」のようにナンセンスな方針であったとしても!
一体、どうすればよいのでしょうか?
私には分かりません。分かるのは、現状が良くないということだけです。何か解決策があるとすれば、政治と関わってくることなので、それは私の苦手分野です。
ということで、日本の教育を良くするということについては多少の無力感を感じつつ、自分のできることを地道にやり続けたいと考えています。すなわち、より効率の良い授業法を考え、それにより実績を出すこと、ブログやXでそれを発信すること、、、
「風のマジム」、良かったですねぇ!
沖縄の南大東島に新しい産業を生み出したのです。1人の情熱が人を動かし、やがて大きな力になっていく物語、大いに勇気付けられました。
思わず、原田マハさんの原作小説も読んでしまいました。
稲荷塾:京都長岡京/数学専門「稲荷塾」 – 京大合格への最短コース
