「分かる」と「できる」は違う

勉強法

 説明を聴いて、あるいは説明を読んで分かったということと、その説明が自分でできるということは別物です。

 ユークリッドの互除法を例にとって考えてみましょう。

 自然数 a, b (a>b) があり、a を b で割ったときの余りが c のとき、a, b の最大公約数と b, c の最大公約数は一致する。

 これがユークリッドの互除法ですが、これの証明に初めて触れた生徒は「分からないわけではないけれども、何となくすっきりしない」という感想を持つことが多いです。

 証明の仕方がそれまでに経験した形式ではないということに加えて、分かっていたはずの約数・倍数に対する理解が揺らぐのを感じるからです。

 実は、「3の倍数」という言葉を使ったとき、2つの立場があります。

 1つは 3, 6, 9, … のように3かける自然数を3の倍数と呼ぶ立場です。これは「3を素因数として持つ自然数」と言い換えることもでき、小学生以来、おなじみの理解です。

 ところがもう1つ、3で割り切れる整数を3の倍数と呼ぶ立場もあるのです。この場合、0, -3, -6, … も3の倍数だと考えることになりますが、特に0は前者と同様には理解することができません。

 0が素因数3を持っているなどと言えば変ですから。

 ユークリッドの互除法は基本的に後者の立場で約数・倍数を考えるので、それも生徒の理解がすっきりしない原因になります。

 結局、分かったと言った生徒に、その証明を書かせてみたとき、不備のない証明が書けることは滅多にありません。書いた証明に不備があるのはましな方で、多くは途中で詰まり、もう一度説明を読み直すことになるのです。

 

 「分かる」と「できる」は違うということですが、では、どうすればできるようになるのでしょうか?

 数学の問題が解けないとき解答を見て納得しますが、まず、その納得が危ういことを知るところから始めるべきです。

 どう危ういかと言うと、自力で解けなかった問題について、解答に書いてあったことを、解答を閉じて自力で再現しようとしてみれば気付くはずです。

 途中で詰まることもあるし、解答を読んでいるときには普通の論理展開だと思っていたことが、いざ自分で書き始めると、なぜそのように進めるのだろうかと疑問に思ったり、なぜこのチェックを入れているのだろうか、などといった不明な点が次々に生じてきます。

 結局、聴いたり読んだりして分かったという理解レベルは結構怪しいのです。

 このことを知ることが第一歩で、生じた疑問を1つずつ潰すことで理解レベルを一段階上げることができます。

 そうして、自力でできなかった重要問題については、しっかりストックしておいて、夏休みなどに解き直すようにします。

 私の経験では、やり直しをしても案外解けないものです。半分も解ければいい方で、以前にやったことすら覚えていないなどということもあるのです。

 

 整理しておきます。

 「分かった」は不確かなものです。

 その理解を支える周辺事項が確立されて初めてしっかりしたものになっていくという性質があるので、繰り返し演習をすることで、少しずつ使いこなせるようになっていきましょう。

 要するに、簡単にはできるようにならないので、その過程を楽しみつつ進んでほしいということです。

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