趣味は人生を豊かにしてくれるということで、私の場合はピアノに情熱を注いでいます。
と言っても、60の手習いなので、初心者に毛が生えた程度ですが、日々1時間は練習するようにしていて、それに加えて週1回1時間の個人レッスンに通っています。
レッスンで教わるのはピアノが上達するためのアドバイスですが、それらは他の分野にも通じると思うことがしばしばです。
たとえば、弾きたい曲を気持ちよく弾くよりは地味で単調な練習を勧められることが多く、それをする際の意識の持ち方もチェックされます。曲の練習でも、短く区切って練習するだとか、右手だけ、左手だけ、メロディーだけ、内声だけのように分解して取り組むような方法が強調されます。
練習の仕方一つで伸びが大きく変わるということです。
どうでしょうか。
勉強も同じだと思いませんか?
稲荷塾では、高校課程を一通り学び終えると演習1クラスに入ります。ここは高2生主体のクラスで、受験学年に入る前に入試で問われる知識と技術を完成させておくことが目標です。
もし、入試で問われる知識と技術が完成すれば、どんなことが起こるでしょうか?
標準問題が解けるようになります。
実際、演習を始めて3カ月程度で神戸大学の問題が大体解けるようになる生徒がいます。
神戸大学では典型的な標準問題が出題されます。「知っていますか」とか、「使えますか」という問いかけが多く、知識と技術が完成していれば、満点が取れるセットになっています。
演習を始めて3カ月程度で、これに対応できるようになる生徒がいるということです。
一方、1年間演習をしても、神戸大学の問題が解けるようにならない生徒もいます。
何が違うのでしょうか?
もちろん、能力の差はありますが、「練習の仕方」の差も大きいのです。
「分かる」と「できる」は違う(3月26日投稿)、のところでも書きましたが、解答を読んで納得しても、それはできるようになったということではありません。
本当は、読んで納得した解答を再現してみる時間を授業中にとれれば一番いいのですが、その問題を解くことができた生徒を待たせるわけにもいきませんし、メニューをこなすためにも次に進む必要があります。
ですから、家に帰ったら、自力で解けず解答を見て納得した問題について、解答に書いてあった通りに再現できるかどうかを実際に鉛筆を持って試してみるべきです。
そして、そういう問題をストックしておいて、夏休みなどにもう一度解き直してみるのです。
これは確かに面倒な作業ですが、効果は絶大です。
以上は練習方法の一例ですが、本気になればなるほど、練習に対する意識が重要になってきます。
頑張っていれば、それなりに成績は伸びてくるでしょうが、ある程度のレベルになれば、まわりのみんなも頑張っているわけです。そうなれば、今のやり方で本当に勝てるのかどうかを詰めてみなければなりません。
普通の頑張りにプラスアルファーの何かが必要になってきます。
意識の差が練習の差になり、結果の差になるのです。

