地域による教育格差について

京大

 東京と地方、あるいは都会と田舎の間には大きな教育格差が存在します。

 これがよくないことなのか、それとも問題視するほどのことではないのか、私にはよく分かりません。

 今回は個人的体験を通して、状況を伝えることを目標に書いてみます。

 まず、京大・東大出身者は人口の1%程度ですから、理論上、100人中1位程度の成績なら京大・東大に受かることになります。

 実際、東京だとそれ以上の割合で受かっていますが、地方では1000人に1人も受かっていないところもあります。

 なぜでしょうか。

 私の出身は亀岡市です。京都市の中心から約25kmほど離れたところにあります。今でこそ電車に乗れば30分弱で京都駅に着きますが、当時は国鉄(現JR)山陰線が単線で、保津峡ですれ違いのために15分ほど待たなければならなかったこともあり、京都市に出るのは1時間仕事でした。

 有名どころとしては、明智光秀が「ときは今、雨が下しる五月哉」と連歌を詠んだ亀山城のあるところです。冬の霧がやっかいでしたが、のどかでいいところした。

 私は中2の終わりごろにこの亀岡市から向日市に引っ越して来ました。向日市は京都市に隣接しており、電車で京都市の中心まで15分で行けるところにあり、決して都会ではありませんが、地理的には京都市の一部であるかのような立ち位置です。

 この移動で、私は多くのカルチャーショックを体験しました。電車を汽車と呼んでみんなに爆笑されたことを初めとして、田舎者としての地位を確立したのです。

 それはいいとして、勉強面でも驚くことが多かったです。亀岡市では特に努力しなくても勝手に学年トップの成績が取れたのに、向日市ではクラスの中にさえ自分より成績が上のやつが数人いたのです。そればかりか、学年トップは、我らのクラスのトップとは比較にならないぐらい上だというではないですか!

 このとき、都会に行けば行くほど頭のいい人がいっぱいいると感じましたが、実はそうではなく、都会と田舎では勉強の仕方(点の取り方)についての情報が違うのです。それに競争相手がたくさんいるか、ほとんどいないかの差も大きいです。競争相手が多いと、必要な情報を取りにいこうとするし、手の届くところにその情報があれば、どんどんと成績が上がっていくのです。

 ですから、自分1人で試行錯誤している田舎の子と情報があふれている都会の子では、成績だけを見て能力を判定することができません。

 しかし、当の本人は成績を見て、それが能力だと判断するので、田舎の子は、仮にポテンシャルがあっても、自分の成績では京大や東大を目指すことができないと感じてしまうのです。

 加えて、身近に京大や東大の出身者がいないような地方では、何をどのように準備すればよいのかが分からず、結局、目指すことすらしないのです。

 亀岡市と向日市で、情報という面でこれだけ大差があるとすれば、もっと地方の田舎に行けば、どれだけ大きな差があるでしょうか。

 ここまでの話の流れは、田舎と都会では教育格差があり、田舎の子においては能力があるのに京大・東大に進まない傾向にあり、それはもったいないという主張になっています。

 ところが、地方からしてみると、優秀な子が京大や東大に行ってしまうと、卒業後は基本的に地方に戻って来ないので、京大・東大に進学しない方がよいという見方もあるのです。

 実際、各県の国立大学医学部には県民枠というものがあり、優秀な人材が県外に流出するのを必死で抑えているのが現状です。

 立場が変われば見方も変わるということです。

 さて、私個人の経験に話を戻して、中2で向日市に出てきた後、将棋にのめり込み、高1の終わりに奨励会に合格したので、高2・高3は全く勉強しませんでした。文字通り、全くです。

 高校を卒業と同時に奨励会をやめ、大学受験の勉強を始めたとき、共通一次を必要とする国公立大学を目指すのはハードルが高く、ましてや、京大なんて雲の上の存在だと思いました。結局、私立理系に目標を絞り、関西学院大学理学部に進学しました。

 しかしその後、塾講師になり、京大に受かっていく生徒を見るとき、京大は決して雲の上の存在ではなく、適切に準備すれば、私程度の能力で十分に合格できることを知りました。

 ですから、しばらくして予備校講師になったとき、時間的余裕ができたこともあり、自ら京大を受けてみようと思ったのです。

 物理・化学は塾講師をしていたときに高2生に教えるために勉強したことがあり、合格最低ラインの得点はできると考えていました。英語も趣味で勉強し続けていたので、特に準備する必要はありませんでした。

 当然のことながら、数学では相当点が稼げると思っていたので、センター試験さえクリアすれば受かると考えていました。

 当時、京大理学部では足切りのためにのみセンター試験を使っていました。そして、その基準はかなり低く、数ⅠA100点、理科は2科目の良い方100点、社会100点、英語200点、国語200点の合計700点中500点以上が要求されている得点でした。

 センター試験で足切りを免れる点数がほぼ7割ですから、一般的には楽勝のはずですが、私自身はぎりぎりだと感じていました。

 というのは、対策を始めたのが予備校の後期授業が終わった後の12月からだったからです。地理の勉強を1週間してみて、とても間に合わないことが分かり、倫理・政治・経済(倫政)に切り替えたりしてドタバタしていました。古文も無理だと思いました。幸い、漢文は同僚の国語の先生にいい参考書を紹介してもらい、何とかなりました。

 まあ、いろいろありましたが、センター試験をクリアし、二次試験の得点率は7割1分だったので、余裕で合格ということになりました。

 その結果、京大は私の人生を変えてくれたと言えます。

 まず、予備校での待遇が変わりました。それも劇的に!

 次に、Z会が対人教育を始めるということで、京大マスターコースを立ち上げることになったとき、その立ち上げメンバー3人のうちの1人として呼んでもらうことになりました。

 予備校では生徒と講師の距離が遠く、塾では講師の質を担保するのが難しいということで、予備校講師を使って、塾の良いところを取り入れた形の「塾」のようなものを作るという構想だったのです。立ち上げは大成功で、冬期講習をすると広告すれば、全国から生徒が集まってきました。ホテルをとっての参加です!

 灘の生徒も多く、勝手に合格実績は出ました。

 春になって、入塾テストをすれば、3回、4回行っても、毎回、いっぱい生徒が集まってきました。

 ただ、Z会には多くの問題があり、私が担当を退いた後、京大マスターコースは上手く回らなくなり、今は名前も変えてしまいました。このことについては、また機会を改めて書こうと思います。

 そして何より、稲荷塾を立ち上げることができました。

 さらに、「最短でマスターする数学」等の参考書が出せたのも、京大のおかげだと考えています。

 関西学院大学卒業という経歴だけでは、決してこうはならなかったということです。

 

 私の経験は一例ですが、京大や東大に入るだけで、見える世界が変わり、他では得ることができないチャンスに巡り合えるのは事実です。

 京大や東大に届くような子には、地方では味わうことができないような刺激的な経験をさせてやりたいです。

 ということで、都市部と地方の教育格差は是正した方がよいというのが個人的見解です。

 地方を守るための手段は、人材流出を抑えることによってではなく、地方を活性化させることによって達成できれば理想的だと考えています。

 関連事項を追記しておきます。

 ちょうど最近、2032年度実施の高校課程改定案を目にしましたが、前回のベクトルを数Cに入れるという間抜けな改訂に引き続き、全く無意味な改訂案になっています。具体的には、行列を復活させようとしており、こういった改革のための改革はやめてほしいです。

 これでは現場を混乱させるだけです。何回か前の改革で、なぜ、行列を除いて複素数平面を入れたのか、よく考えてほしいです。

 これらを決定しているのは教育的配慮ではなく、単に政治力学です。

 もう少し正確に言えば、誰がやっても理想的な改革は無理なので、そういうお遊びのようなことをしているのです。

 なぜかと言えば、日本は大き過ぎて、首都圏と地方の最大公約数は小さく、みんなが納得する案などは存在しないからです。

 ですから、思い付きのように、小学校に英語教育を導入したり、ゆとり教育だと言ってみたり、生徒主導型授業がいいのではないかなどと世迷言を唱えているのです。

 これらはどれも、現場が頭を絞り、何とか良くしようと努力した結果として出てきた改革案ではありません。

 結局、地方に何の決定権も与えられていないことが問題なのです。

 もし、何をどういう順序でどのように教えるかを地方が決めることにすれば、現場は必死で考え始めるはずです。

 そうして地方が活性化されると思うのです。

タイトルとURLをコピーしました